2024年7月31日
地方独立行政法人大阪産業技術研究所 (ORIST) は、大阪府立産業技術総合研究所と大阪市立工業研究所が統合して、2017年に設立されました。公設試験研究機関(公設試)として自ら研究開発を進めるとともに、企業に対して技術的な支援を行っています。12の研究部と技術サポートセンターを有するORISTは多岐にわたる産業の発展に貢献していますが、今回は、公設試験研究機関としてはいち早く「におい」に特化した専門職員を育成し、この分野の研究開発や技術支援に尽力している大阪産業技術研究所 和泉センター 高分子機能材料研究部長 喜多 幸司(きた・こうじ)氏に話を伺いました。
大阪産業技術研究所 和泉センター 高分子機能材料研究部長 喜多 幸司氏
「におい分析と消臭・脱臭試験」に特化したチーム
ORISTでは、加工成型、金属材料、電子・機械システム、応用材料化学、高分子機能材料など、さまざまな分野で、企業を支援しています。産業技術に関する相談を無料で受け付けているほか、有料で試作品などの試験や分析を請け負ってその結果を報告することや、長期にわたるコラボレーションで受託研究や共同研究を行うといった支援もあります。また、企業がORISTの持つ装置を使って、自ら加工や分析などを行う制度もあります。
様々な分野があるなかで、喜多氏は大阪府立産業技術総合研究所時代の2008年からにおいに特化した研究開発や技術支援を行う、においと消臭のエキスパート。以前より、一般に、食品分析の一環として、味、色、食感など、食品の物性の1つとしてにおいを分析するといったことは様々な公設試で行われていました。しかし、「におい分析と消臭・脱臭試験」だけに特化するというのは、当時はまだ珍しかったと言います。喜多氏は「近畿圏は企業の数が多いので、におい分析と消臭・脱臭試験のみに特化してもやっていくことができた」と振り返っています。高分子機能材料研究部では、消臭剤の原材料および試作品の性能評価や、化粧品、紙製品、およびゴム製品などの日用品のにおい分析などを得意としており、今やその分析依頼は近畿圏のみならず日本各地から寄せられています。におい分析においては、ここ数年で詳細なデータを提供できるようになりました。また、消臭試験においては、人のにおいやニンニクなどの食品など、ターゲットとなる物質によって分析手法が変わってきます。蓄積されたノウハウを生かし、さまざまなニーズに応じてオーダーメイド的に試験を提案できることが強みとなっています。
難度の高いにおい分析に対応
においに関する依頼分析が増えるなか、2010年代後半頃には、「長年使用していたシングル四重極GC/MS(ガスクロマトグラフ質量分析計)では対応できない、難度の高い依頼分析が増えてきました」と喜多氏は言います。ほとんどにおいがせず、GC/MSで分析してもピークが見えない、あるいは、正常品と異常品を分析してもその違いが分からないといったような依頼が増えてきたのです。そこで、より高精度に定性分析を行うことができるGC/MSを新たに導入することになりました。
Agilent 7250 GC/Q-TOFを中心としたシステムを導入し、難度の高い依頼分析に対応したほか、研究にも活用
検討の結果、2021年末に高分子機能材料研究部に導入されたのが、アジレントの四重極飛行時間型GC/MSシステム「Agilent 7250 GC/Q-TOF」と多変量解析ソフトウェア「Mass Profiler Professional」、そしてGERSTEL(ゲステル)の分取機能付きにおい嗅ぎ検出器とオートサンプラー、同社の香気成分データベースとを組み合わせたシステムです。喜多氏は「アジレントは1社で装置と多変量解析ソフトウェアを提供しています。また、におい分析に長年携わってきましたが、この分野において、アジレントとGERSTELのシステムの組み合わせには多数の実績があることはよく知っています。今回導入したソリューションには安心感があります」と話します。本システムの立ち上げにあたっては、両社のエンジニアが、におい分析に適したメソッドを開発しました。喜多氏は「キャリアガスの流量や圧のバランスにノウハウが必要ですので、たいていの場合はカスタマイズすることなく、このメソッドで分析するようにしています」と話します。また、不具合があった場合でも、両社のエンジニアおよび販売店の対応が迅速で、ダウンタイムを最小に抑えられていると言います。
新システムの稼働にともない、お客様により多くの情報を提供できるようになりました。「従来のシステムではチャートとライブラリ検索による物質名を報告していましたが、新システムではより多くのピークが得られますし、さらにCASナンバー(化学物質ごとに付与された番号)やにおいの特性など、圧倒的に多くの情報をお客様に報告できるようになりました。結果として、お客様満足度が向上しました」と喜多氏は話します。
狙ったにおいを捕まえろ
においの分析においては、機器分析とあわせて、人による官能評価が行われることがあります。しかし、人間の嗅覚を用いた評価には、「評価者には優れた嗅覚が必要で、かつ特別な呼吸法の習得が必要」「集中力を要するため実施回数に制限がある」など、いくつかの課題があります。そこで、高分子機能材料研究部では、2021年から2023年にかけての3年間、においの官能評価を機器分析で代替することを目指して、におい嗅ぎ検出器を使用しない、におい物質特定方法の検討を行いました。この研究では、官能評価によるデータを、他社の開発した嗅覚受容体セルアレイによるデータに置き換える手法を検討しました。嗅覚受容体セルアレイを活用するためには、特定のにおい物質を取り出す必要があります。
この研究においても、2021年末に導入された「Agilent 7250 GC/Q-TOF」と多変量解析ソフトウェア「Mass Profiler Professional」、そしてGERSTELの分取機能付きにおい嗅ぎ検出器とオートサンプラー、同社の香気成分データベースとを組み合わせたシステムが活用されました。喜多氏が考案したのは、加熱脱着に用いられるTenax捕集管をにおい嗅ぎ検出器に装着し、既定の保持時間に溶出する物質を分取する方法です。分取後のTenax捕集管から分取した物質を加熱脱着で取り出し、セルアレイ用の溶液(リンゲル溶液)に溶解させます。この方法で、リモネン、ヘキサノール、リナロール、イソ吉草酸などを回収しました。回収したにおい物質をセルアレイで反応させたところ、想定した通りの物質であったことが確認できたと言います。喜多氏は、「この研究はにおいの官能評価を機器分析で代替する『方法』の検討で、今回開発したのは目的のにおい物質を分取する方法です。後工程のセンサーは、今回用いた嗅覚受容体セルアレイ以外のものでもかまいません」と話し、開発した手法が広く応用できるものであることを説明しています。
分取後の捕集管から、におい物質を抽出する装置と抽出条件
一般に、視覚、聴覚、触覚に関しては、人間の能力を超えるセンサーが実用化されており、味覚に関しても人間の能力レベルのセンサーが実用化されています。しかし、嗅覚に関しては、今のところ、人間の嗅覚の方が機器分析よりも優れているとも言われます。喜多氏の開発した手法と、世の中で開発が進むセンサーにより、におい分析の技術のさらなる発展が期待されます。
アジレントは“Let’s bring great science to life (科学の叡智を、生活と生命へ)というメッセージを発していますが、この考え方はORISTの行動指針と相通ずるものがあります。ORISTでは、行動指針の1つとして、「高度な技術的支援のために、自らの研究力・技術力・専門性の向上に努めます」とうたっています。今回開発した、においの官能評価を機器分析で代替する方法は、ORISTの研究力・技術力・専門性向上につながっています。さらに、ORISTでは、テクノレポートやテクニカルシートなどを通して、得られた科学的成果を社会に還元しています。
ORISTは今後も総合的な技術支援を通じて、地域産業の発展に貢献していきます。
この記事に掲載の製品はすべて試験研究用です。診断目的には利用できません。
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