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2024年7月9日

「快適環境創造」に向けて、祖業の水質分析にくわえ、土壌、産業廃棄物、揮発性有機化合物 (VOC)、作業環境測定、製品中の規制物質分析など、様々なサンプルの分析を引き受ける内藤環境管理株式会社。化学分析専門会社として、五十余年の実績を有する同社の強みは「多検体・短納期」。常に自動化・効率化を意識して事業を展開しています。たとえば、水道法の規定に基づき水質基準に関する省令で定められた51項目の検査では、試料到着の翌日から起算して5営業日には報告書を発送できるほど。多様な分野で多検体・短納期を続けられるのは、研究開発の積み重ねがあってこそのことです。ここ数年、ガスクロマトグラフ (GC) およびガスクロマトグラフ質量分析計 (GC/MS) ユーザーの多くはヘリウム供給不足問題に頭を悩ませてきましたが、同社では研究開発の能力を発揮しこの問題をも乗り越えてきました。同社 研究開発部 部長 加藤 吉紀 氏、箇所長 佐藤 亮平 氏、チームリーダー 杉山 みなみ氏の3人に、ヘリウム供給不足問題を中心に、同社の研究開発についてお話をお伺いしました。

 

写真左から、加藤 吉紀 氏、杉山 みなみ氏、佐藤 亮平 氏

 

 

ヘリウム依存を減らし、分析を止めない

一般に、ヘリウムは天然ガスから分離・精製されますが、日本にはヘリウムを採取できるガス田がないため、使用量のほぼ全量を輸入に頼っています。産出国の事情や他国あるいは他分野での需要増により、安定的にヘリウムを入手できなくなると、ヘリウム供給不足問題が起こります。GCやGC/MSでは装置内でサンプルを運ぶためにキャリアガスが用いられます。ヘリウムはその不活性と物理的特性から、GCやGC/MSのキャリアガスとして最も適した気体と考えられており、実際、キャリアガスとして広く使われてきました。しかし、ヘリウムに過度に依存すると、ヘリウムを入手できない場合に分析ができなくなるというリスクがあります。

佐藤氏は「かつてのヘリウム供給不足時にはなんとか対応することができました。しかし、2018年頃の供給不足は業務に支障が出るほどのレベルでした」と振り返ります。当時、同社では、水道水、土壌・産業廃棄物・排水、作業環境、室内環境、製品分析などで、ヘリウムをキャリアガスに用いてGCやGC/MS分析を行っていました。化学分析専門会社として、ヘリウムが入手できないからという理由で分析を断ったとしたら、ビジネスだけでなく、お客様からの信頼をも失うことになりかねません。そこで、ヘリウムの入手状況に左右されずに多検体・短納期の分析を提供し続けるべく、2019年から水素を始めとする代替キャリアガスを本格的に導入する検討を開始しました。

キャリアガスを変更するにあたっては、法律で定められている基準や社内基準を満たした分析ができるかを検証する必要があります。様々な分析があるなかで、どの項目から手を付けたらよいのでしょうか。佐藤氏は、メーカーから発行されているアプリケーションノートを参考にしました。「GC/MSによるVOCの測定については、当時、既にアジレント・テクノロジーからアプリケーションノートが公開されていました。これを参考にすることで、比較的容易に水素キャリアに移行できました」と話しています。

さらに、ヘリウムでの分析時に、検出下限や信号ノイズ比(S/N比)など、測定に余裕のあった項目に目を付け、水素キャリアに移行できるか自ら試してみることにしました。佐藤氏は、「水素キャリアで分析すると、ノイズが増え、感度が落ち、結果として、S/N比が下がることがありました」と話しています。そこで、水素発生装置とGCの間にクリーンフィルターを接続することでノイズを下げたと言います。また、スプリット比やイオン源の温度を変更したり、ヘッドスペースサンプラを使用するGCではヘッドスペースの温度を変更したりするなどの対応を取りました。試行錯誤の結果、水道水中のVOC、カビ臭、ホルムアルデヒドの測定では、水素キャリアに切り替えたことで感度の低下があったものの、水道法水質検査で求められている妥当性評価ガイドラインの基準を満たすことを確認したと言います。他にも様々な工夫により、数々のGC、GC/MS分析を水素キャリアに切り替えていきました。

 

「水素発生装置とGCの間にはクリーンフィルターを接続した」と話す佐藤 亮平氏 (写真は水素発生装置とAgilent HSS-シングル四重極GC/MSシステム(7697A ヘッドスペースサンプラ-7890B ガスクロマトグラフ/5977シリーズMSD))

同社では絶縁油中のPCB分析においては、2018年以前から水素キャリアガスを用いていたことから、ある程度、水素の取扱いに関する知識はありました。加藤氏は、「万が一の場合でも水素濃度が高くならないよう、排気はすべて建物外に通じるようになっています」と言います。また、ヘリウムの場合はヘリウムボンベを使用していますが、水素の場合は水素発生装置を使用していると言います。停電時には水素発生装置が止まるのがメリットだと言います。「数年前に瞬停がありましたが、水素発生装置はシャットダウンしていました」と加藤氏は話しています。

 

水素キャリアの経済性

現在では、水道水、土壌・産業廃棄物・排水、製品分析など、多くの分析項目で水素キャリアによる分析が可能になりました。また、窒素キャリアに切り替えた項目や、他の分析装置に移行した項目もあります。結果として、ヘリウムをキャリアガスとして使用しているGCやGC/MSの割合は、2018年は85%だったものが、現在では30%未満にまで減少しました。特に使用頻度が高い装置においてキャリアガスを水素や窒素に切り替えたことで、ヘリウム供給問題の影響を最小限に抑え、安定した分析サービスを提供し続けています。現在も「ヘリウムを使用しているGC、GC/MSはありますが、使用するのは代替の利かない分析項目に限られるようになりました」(加藤氏)と言います。

使用するキャリアガス別で見た2018年と2024年のGC、GC/MSの台数の構成比

 

ヘリウムガス使用量が減ったことで、コスト面でも利点がありました。同社では水素キャリアの本格導入時に設備投資を行い、水素ガス発生装置を導入しました。一方で、ヘリウムボンベの購入本数が減ったことから、この設備投資分は今年には回収できる見込みです(※水素ガス発生装置への投資額と、ヘリウムボンベ購入額の減少のみの比較)。2024年以降は、ヘリウムボンベ購入額減少分がそのまま分析コスト減として同社のビジネスに寄与することとなります。

アジレントのGCやGC/MSを使用するメリットと期待

幅広い分析に対応できる同社では、様々なメーカーの様々な分析装置を取り揃えています。アジレントのGCやGC/MSを使うメリットについて、杉山氏は「メーカーのエンジニアを呼ばなければならないような不具合が少ない」という点を挙げています。多検体、短納期を掲げる同社では、装置の不具合で分析が長期間にわたって中断するのは何としても避けたいことです。「業務の影響が出ないように普段からメンテナンスをしっかり行っています。それでも不具合が出ることはありますが、アジレントのGCやGC/MSは自分たちで部品交換や洗浄を行うことで復旧することが多いと思います。ダウンタイムが短く済むのは大きなメリットです」と杉山氏は語っています。

また、GC、GC/MSのキャリアガスに水素を用いると、分析速度の向上が期待できると考えられています。佐藤氏は「分析時間を短縮できる内径の細いカラムが充実してくれば…」と、今後に期待を寄せています。

「アジレントのGCは自分でメンテナンスできる箇所が多い」という杉山みなみ氏。(写真はAgilent HSS-シングル四重極GC/MSシステム(8697 ヘッドスペースサンプラ-8890 ガスクロマトグラフ/5977シリーズMSD))

 

 

未来の分析ニーズに対応できる素地

今後を見据え、加藤氏は、「新たな残留性有機汚染物質 (POPs) であるUV-328およびデクロランプラス、有機フッ素化合物(PFAS)、マイクロプラスチック、水の再利用(造水)などが、快適環境創造のパートナーである当社として注目している分野です」と言います。一方で、「次々と分析ニーズが出てきますが、何のニーズが高まるかは正確に予測できないものもあります」とも言います。規制の発効日や期限が明確でニーズの立ち上がりを把握しやすい分析もあれば、ある出来事をきっかけに分析ニーズが急速に高まるものもあります。同社では幅広い分析に対応できる素地を作っておき、何か起きた時にはすぐに対応できるようにしていくことを心がけています。加藤氏は「私たちがやるべきことは、できることを増やしておくこと。そのためには今ある装置を十分に活用できるようにする必要があります」と続けます。

杉山氏も同じ考えです。「マニュアルどおりに進めれば誰でもできる分析もあります。装置も便利になっており、決まったとおりにボタンを押せば誰でも分析できます。しかし、分析者はどういう原理で分析が行われているのかを理解していなければなりません。深く理解していれば、難しいサンプルの分析依頼が来たときでも、『こうすれば分析できる』と提案することができるようになります。作業者ではなく分析者を育てることが課題です」と話しています。

 

 

同社では新たな分析ニーズに対応していけるよう、産学連携を模索したり、様々な企業にコラボレーションを呼び掛けたりしています。加藤氏は、「アジレントとは様々な取り組みを進めてきました」と話します。たとえば、加藤氏が注目していると話したUV-328やデクロランプラスをはじめ、臭素系難燃剤について、同社とアジレントでは協力してトリプル四重極GC/MSを用いた高速分析メソッドを開発しました。

さらに、無機分析の分野では、誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)による排水中の金属元素の一斉分析について両社で協力し、このほどその成果をアプリケーションノートにまとめました。一般に排水のような濃度の高いサンプルは誘導結合プラズマ発光分光分析装置 (ICP-OES)で分析することが多いですが、ICP-MSを使うと、より多くの元素を、より低い定量下限値で、一斉に分析できるというメリットがあります。加藤氏は、「分析会社としては、普段排水の分析では法律で定められた元素にのみ注目しがちです。今回、アジレントと協力して元素の一斉分析を行ったことで新たな気づきがありました」と話しています。

アジレントとのコラボレーションは、分析メソッド開発の能力向上にもつながっていると言います。そして、これらの取り組みで得られた知見は、将来、新たな分析ニーズに応えていくのに役立つかもしれません。アジレントでは “Let’s bring great science to life” (科学の叡智を、生活と生命へ)というメッセージを発していますが、内藤環境管理株式会社もアジレント・テクノロジーも、科学の力を社会に生かしていくという点で、同じ考え方を共有しています。

加藤氏は「水素キャリアについては、分析機器メーカーから提供される情報やアプリケーションノートを利用することで、ほとんどのラボではそれほど難しくなく移行できるのではないかと思います。ただし、自社のラボやプロセスに合うようにカスタマイズする能力は必要です。メーカーの情報通りに分析を行うだけではなく、カスタマイズできる人材を増やしていくことが、差別化や、幅広い分析に対応できる素地づくりにつながります。」と、人材育成の重要性を繰り返しました。


 

内藤環境管理株式会社

本店所在地:埼玉県さいたま市南区大字太田窪2051番地2

創立:1972年

事業概要:環境管理・施設管理に伴う調査・測定・化学分析、水道法第20条に基づく水質検査、労働衛生管理に伴う作業環境測定、食の安全管理、委託試験・研究、製品開発・品質管理に伴う化学分析、温泉成分分析、その他一般化学分析

 

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