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お客様紹介:ハイスループット質量分析システムを活用して新薬の原石を探索―――日本たばこ産業株式会社 医薬総合研究所

2024年1月5日

1985年、日本たばこ産業株式会社 (JT) は、日本専売公社のたばこおよび塩の事業を引き継いで誕生しました。売上高の約9割を占めるたばこ事業にくわえて、現在では、冷凍麺、冷凍米飯、焼成冷凍パン、パックごはん、調味料を中心とした加工食品事業と、医療用医薬品を中心とした医薬事業へも進出しています。医薬研究において、医薬品の候補を発見するのに重要なハイスループットスクリーニング (HTS。高速大量スクリーニング)を活用している、JT医薬総合研究所 生物研究所 判谷 吉嗣 (はんたに・よしじ)氏に、同社の医薬研究やハイスループットスクリーニングなどについてお話をおうかがいしました。

 

写真1 日本たばこ産業株式会社 医薬総合研究所

 

病気から世界の人々を救う「オリジナル新薬の創出」

JTが医薬分野に事業を拡大したのは1987年のことでした。「科学、技術、⼈財を⼤切にし、患者様の健康に貢献します。」―――これが、同社の医薬事業が掲げるパーパス(存在意義)。病気で苦しむ世界中の患者様へ、一日も早くJT発のオリジナル新薬を届けて、患者様に喜んでいただきたいという思いで、一丸となって研究開発を進めています。オリジナル新薬の創出に欠かせないのが、手厚い研究開発体制です。同社は今から30年前の1993年に医薬総合研究所を立ち上げ、研究開発体制を強化してきました。医薬総合研究所は、化学研究所、生物研究所、生産技術研究所、薬物動態研究所、安全性研究所など、複数の研究所から構成される総合研究所です。低分子医薬品に特化しており、現在は主に「循環器・腎臓・代謝」「免疫・炎症」「中枢」の3領域で研究開発を進めています。生物研究所では、新規物質の薬理・生化学的評価等を行うことをその任務としています。判谷氏は、生物研究所において、化合物探索のハイスループットスクリーニングを行う部署に所属しています。

写真2 日本たばこ産業株式会社 医薬総合研究所 生物研究所 判谷 吉嗣氏

 

創薬研究のプロセス:「オリジナル新薬」の原石を発見するには

一般に、新薬の開発は、創薬ターゲットを決めること(ターゲット同定)からスタートします。これは、たとえば、疾患に関連するたんぱく質を選定するなど、創薬の標的となる分子を決めることです。近年はAI(人工知能)を活用してターゲットを選定することもあります。次は、薬理活性を示す化合物を見つけるヒット創出です。ヒット創出には、文献や特許化合物情報を活用する方法やコンピューターによるシミュレーションを活用する方法にくわえて、選定したターゲット(たんぱく質など)に対しての結合や阻害など、薬理活性を示す化合物を、ライブラリに登録された何十万、何百万もの化合物の中から見つけていくランダムスクリーニングなどがあります。そして、得られたヒット化合物を最適化し、テーマにもよりますが、細胞や動物で効くレベルにまで仕上げていくのがリード創出です。こうして得られた化合物をリード化合物と言います。いわば、新薬の「原石」とも言える化合物です。その後、さらにリード化合物の構造を最適化して、活性や安全性を高め、前臨床試験、臨床試験へと進んでいきます。

図1 創薬研究のプロセス

 

新薬の「原石」発見を支える分析機器

ランダムスクリーニングによるヒット創出や、リード創出では、多数の化合物を分析して、ふるいにかけていく必要があります。そこで活用されるのがハイスループットスクリーニングです。JTでは2000年頃からプレートリーダーを中心に、蛍光分析など、光学的特性を元にしたハイスループットスクリーニングに取り組んできました。これにくわえて、2012年にはハイスループット質量分析システム (HT-MS) を新たに導入しました。判谷氏自身が質量分析計を活用したたんぱく質分析の経験を有していたことや、当時、質量分析計の利用が適している脂質関係の研究テーマなどがあったこと、さらにはフラグメント創薬 (FBDD) を始めようとしていたことなどがその背景にありました。

ハイスループットスクリーニングの第1選択には、蛍光分析などが用いられることが多いものの、ハイスループット質量分析システムの能力が求められるシーンもあります。ヒット創出におけるハイスループットスクリーニング、フラグメント創薬、リード創出における構造活性相関 (SAR) 探索などが、その例として挙げられます。

判谷氏は「質量分析のメリットの1つは、ノンラベルで天然基質や生成物の検出が可能なことです。そのため、たとえば、脂質の分析には質量分析計を用いた分析が適しています。その他、基質のなかにはラベル化が難しい物質があり、この場合にも質量分析を用います。また、フラグメントスクリーニングの場合、高濃度のため、光学的特性を元にした手法では干渉の問題が起きることがあります。この場合も質量分析を選択します。」と話しています。また、光学的特性を元にしたスクリーニング後に、質量分析を用いたスクリーニングを行うことで、偽陽性や偽陰性を排除するという使い方もあります。

 

ヒット創出、リード創出に活用されるハイスループット質量分析システムは?

2012年にJTが採用したハイスループット質量分析システムは、アジレント・テクノロジーの「Agilent RapidFire 360」。先述の背景に加えて「RapidFireを活用して十万もの化合物をスクリーニングした他の製薬会社の実例を文献で知ったことなど、様々な条件が重なりました。」と、導入の背景を振り返っています。2021年までに7ターゲットの研究に「RapidFire 360」を使用してきた判谷氏は、「384サンプルを1時間で処理できるというスループットは期待どおりでした。フラグメントスクリーニングによく活用しましたが、3万化合物のスクリーニングを2週間程度で終えることができました。」と語っています。

写真3 Agilent RapidFire 360 ハイスループット質量分析システム。2012年導入

 

2021年には、後継機種の「Agilent RapidFire 400」と質量分析計「Agilent 6495C」を組み合わせたシステム(RapidFire-MS)を導入しており、2023年までにすでに3ターゲットの探索に活用しています。判谷氏は、「特に細胞内の基質の変動を検出する評価では、質量分析計以外の評価系では構築が難しく、RapidFire-MSを用いることにより、安定した評価系を構築することができました。これにより、合成化合物の構造活性相関を効率よく評価し、活性向上に貢献することができました。」と話しています。また、「RapidFire 400」では、新たに1536ウェルプレートに対応したことや、冷却可能なサンプル保管ユニットを搭載していること、さらにはプレートハンドラロボットや質量分析装置との接続性が改善されたことなど、使い勝手の向上を感じています。

JT医薬総合研究所で10年以上にわたってRapidFireが使われてきた理由は何でしょうか。ノンラベルで天然基質や生成物の検出が可能なことや、蛍光干渉や色の干渉を受けにくいという装置の利点はもちろんですが、アジレントから期待に沿ったサービスやサポートを受けられていることも挙げられます。「アジレントにデータの蓄積があり、たとえば、用途にあったカラムカートリッジの選択や質量分析計の条件設定などについて質問をすると、的確な返事が得られるという印象があります。また、コンタクトセンターに電話やメールで問い合わせをすると、すぐに連絡をもらえます」(判谷氏)と、話しています。

RapidFireでは、カラムカートリッジを通さずに質量分析計に試料を注入することで高速化を図る「ダイレクトインジェクション」というモードもありますが、ハイスループットスクリーニングの仕事に携わる判谷氏は、「1次スクリーニングの第1選択の装置となるためには、さらなる高速化を期待したい」と言います。また、JT医薬総合研究所 生物研究所のハイスループットスクリーニングのグループでは、「RapidFire 400」に接続されている Agilent 6495Cのほか、複数のメーカーの質量分析計を使い分けています。「メーカーや分析手法によって特性があるので、分析対象によってはRapidFireに他の質量分析計を接続できたらさらに便利になると思います。」と判谷氏は話しています。

判谷氏は、RapidFireをより活用できるよう、ユーザー同士の交流の場を提供してほしいと、アジレントに提言しています。それぞれのユーザーが知っているノウハウやトラブルの解消法などを他のユーザーと共有できれば、同じことで悩んでいるユーザーにとって時間の短縮につながるからです。

 

写真4 Agilent RapidFire 400 ハイスループット質量分析システム

 

これからの創薬:AIの活用と、研究者のセンス

近年の創薬のトレンドをふまえ、判谷氏は新しいモダリティへの対応が重要になると考えています。創薬の世界では、しばしば「low hanging fruits (手の届くところに実っているフルーツ)はすでに取りつくされてしまっている」と言われます。簡単な創薬ターゲットは残っておらず、残っているのは難しいターゲットだけだという意味です。難しいターゲットに対応するために、世界的には、標的蛋白質分解(TPD: Targeted Protein Degradation)や蛋白質相互作用安定化薬(Protein Interaction Stabilizer)、共有結合性化合物といった新しいモダリティへの取り組みが進んでおり、質量分析計の活用も広がりを見せています。何十年も創薬の世界を見てきた判谷氏は、「古い技術に、新しい技術を組み合わせて使っていくということがよく起きています。古い技術にも着目しながら、新しいものを加えていくというアンテナを張ることが創薬には重要です」と話します。

創薬におけるハイスループットスクリーニングにおいては、AIの活用がますます進むとともに、質量分析計の重要性が高まるというのが、判谷氏の見立てです。AIを活用していくには、AIがそのベースとして利用しているデータが非常に重要になってきます。質量分析計を使えば大量のデータを取得することが可能です。「質量分析計のデータは堅牢で信頼性があると思っています。質量分析計で得られたデータとAIの組み合わせというのは、ますます活用されていくと思います」と判谷氏は予想しています。

AIを使えば誰もがいともたやすく医薬品の候補を見つけられるわけではありません。判谷氏は、「TPDなどの新たな創薬モダリティが見つかっていますが、モダリティはこれからも増えていくと思います。そのようななか、どのようなアプローチで医薬品の『原石』を見つけていくのか、研究者のセンスが問われています。切磋琢磨しながらセンスを磨き、今後も一日も早くJT発のオリジナル新薬を届けて、患者様に喜んでいただきたいと思います」と話しています。

 

この記事に掲載の製品はすべて試験研究用です。診断目的には利用できません。

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