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お客様紹介:心筋細胞の成熟メカニズムを解明して疾患研究を進める自治医科大学 分子病態治療研究センター 再生医学研究部 魚崎 英毅 准教授

2023年5月24日

2012年、京都大学の山中 伸弥教授がノーベル生理学・医学賞を受賞されたことで、その分野の研究者以外にも広く認知されることとなった iPS細胞(人工多能性幹細胞)。皮膚繊維芽細胞や血球細胞にいくつかの遺伝子を導入(リプログラミング)することで、体中のいろいろな細胞に分化することができます。このiPS細胞やES細胞(胚性幹細胞)など、再生医学につながる研究で成果をあげているのが、自治医科大学 分子病態治療研究センター 再生医学研究部の魚崎 英毅 准教授です。再生医学黎明期から再生医学に関心を持ち続け、心臓発生や心筋細胞の分化・成熟メカニズムの解明に向けて多面的に研究に取り組んでいる魚崎准教授に、これまでの研究成果や今後の展望などをうかがいました。

 

自治医科大学 分子病態治療研究センター 再生医学研究部 魚崎 英毅 准教授

魚崎准教授が再生医学などに興味を持ち始めたのは、まだ高校生だった1990年代後半のことでした。1990年代にヒトゲノム計画が始まり、ヒトゲノムの塩基配列の解析が進んでいたこともあり、魚崎准教授は「これから生命現象の時代が来る」と感じたと言います。医学部に進学した1998年には世界で初めてヒトのES細胞が作られるなど、1990年代後半から2000年代前半にかけては、再生医学黎明期ともいえる時代でした。2004年に医学部を卒業後、研修医として勤務した際に、診療科として強く惹かれたのが循環器内科。「循環器」と「再生医療」とが重なりあう領域で研究者として歩みたいという思いを強めました。そこで、当時、日本で再生医療やES細胞の研究で先頭を走っていた京都大学の大学院に入り、「マウスのES細胞から多くの心筋細胞を作る」という研究を進めることになりました。

2006年にマウス、2007年にヒトで実現したiPS細胞の技術は、現在、疾患研究、創薬研究(iPS創薬)、再生医療などの分野で応用されています。創薬研究においては、進行性骨化性繊維異形成症(FOP)や筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対する医薬品の研究が進行中です。再生医療においてはパーキンソン病、脊髄損傷、加齢性黄斑変性、網膜色素変性症、心筋症などへの応用に向けて臨床研究が進んでいます。

魚崎准教授もiPS細胞を使って心筋細胞を作り、疾患研究と創薬研究を行っています。患者由来の細胞で作れることや、受精卵以外の様々な細胞から作れることなど、iPS細胞は再生医学の研究やその応用に大きなメリットをもたらします。魚崎准教授は「iPS細胞由来心筋細胞を使えば、心臓の成り立ちや心筋細胞ができる過程など、発生学に近い部分での理解に役立ちます。また、たとえば、病気の遺伝子があったときに、それがどのように心筋細胞に悪さをしているのかを研究するなど、iPS細胞由来心筋細胞は疾患研究の発展にもつながります。iPS由来心筋細胞が数多く作れるようになれば、心筋梗塞を起こした心筋細胞をiPS細胞由来心筋細胞で置き換える再生医療に生かされていきます。実際、こういった目的で研究を進められている先生もたくさんいらっしゃいます」と、iPS細胞由来心筋細胞の研究を進めることの意義を説明しています。

心筋細胞の成熟を制御するメカニズムを突き止める

ここ数年、魚崎准教授が力を入れているのが、心筋細胞の成熟に関する研究です。魚崎准教授は、「ヒトが生まれたときに、その心筋細胞もまた子どものものです。胎児の心筋細胞が子どもの心筋細胞になり、やがて大人の心筋細胞になります。何がこの変化を支えているのかを研究しています。」と言います。過去には、細胞外マトリックスのラミニンの特定のアイソフォームが心筋細胞の成熟を支えていることを発見しています。

iPS由来心筋細胞を使った研究を進めていくうえで大きなハードルになっているのが、iPS由来心筋細胞が未熟であり、通常の成熟心筋細胞と形や性質が異なっているという点です。iPS由来心筋細胞は、小さく、丸い形をしており、その形態や構造は胎児期の心筋細胞とほぼ同等です。未熟で通常の心筋細胞と比べて大きく性質が異なっているため、患者由来のiPS細胞で疾患研究を進めたとしても、そこで得られた結果を患者さんに適用できるのかという疑問が残ります。そこで、魚崎准教授は、iPS細胞由来心筋細胞を成熟させ、大人のそれに近づける方法を研究しています。魚崎准教授は、心筋細胞の成熟過程、特に生後に活性化する転写因子群や、幹細胞由来の心筋細胞で活性低下している転写因子群を調べることで、心筋細胞の成熟を制御しているメカニズムの予想を立てました。候補となった92個の転写因子を1つずつ心筋細胞に感染させ、実際に成熟度が上がるのかを評価した結果、PGC1aとPGC1bと呼ばれる分子が心筋細胞の成熟に必須であることが分かりました。

 ところで、未熟な心筋細胞と成熟した心筋細胞の違いは何でしょうか。形態・構造・機能・代謝などに違いが見られます。形態や構造ですが、大人の心筋細胞は長方形のような形で、縞模様がきれいに並んでいます(横紋構造)。筋肉の収縮を担うサルコメアの収縮弛緩にはエネルギーが必要なため、成熟が進むと、ミトコンドリア(エネルギー産出などの役割を担う細胞内小器官)の量が増えます。また、生後に起こる現象として、細胞内にカルシウムを取り込むための横行小管(T細管)が細胞内に入り込みます。機能面では、収縮弛緩のパターンが胎児期と大人で変わってきます。細胞内の収縮弛緩あるいは活動電位のでき方も変化します。エネルギー代謝の観点では、胎児期は解糖系を使いますが、生後は脂肪酸を酸化させて、電子伝達系でエネルギーを作っていきます。定性的にはこのような違いがあります。

しかし、iPS細胞やES細胞を使って作った細胞の成熟度を把握するには定量的な手法が必要です。数値化でき、胎児期・新生児期・成熟期と時間を追ったデータがとれ、心筋細胞の成熟を示す様々な要素を包含でき、再現性の高い手法であることが求められます。魚崎准教授は、細胞内のmRNAの総体を網羅的に解析する「トランスクリプトーム」の手法を使って、成熟を定量的に評価する方法も開発しました。トランスクリプトームの手法は簡便であり、一定のプロセスに従えば誰でも同じような結果が得られるというメリットもあります。

心筋細胞の成熟や病気の細胞を研究するためのツールも独自に開発しています。心筋細胞が収縮する動きを観察・評価する場合、細胞の動きをビデオに撮って評価することもできますが、この方法では「動いている」ということはわかっても、細胞の中で何が起こっているかは分かりません。そこで魚崎准教授は心筋細胞の中にあるサルコメアを蛍光タンパクで標識して、その動きが分かるようにする手法を開発しています。これにより、iPS細胞由来の未熟な心筋細胞でも、その動きを把握できるようにしています。

細胞代謝解析を支えるアジレントのソリューション

細胞の成熟度は、形態・構造・機能・代謝など、あらゆる観点での評価が必要であり、それらはどれも等しく重要です。このなかで、魚崎准教授が、代謝の評価に活用しているのが、細胞外フラックスアナライザー「Seahorse XFe96アナライザー」です。ミトコンドリア呼吸の評価指標である酸素消費速度 (OCR) や、解糖系の評価指標である細胞外酸性化速度 (ECAR) を測定することで、細胞レベルのエネルギー代謝状態を評価できます。魚崎准教授は「電子伝達系で酸素が消費されるスピードを評価しています。心筋細胞の成熟研究ではOCRを測定するのが標準的ですので、論文にOCRのデータは欠かせません」と、Seahorseアナライザーを使う理由を話しています。Seahorseアナライザーを使わずに、ミトコンドリアの量を評価したり、細胞内のATP(アデノシン三リン酸)の量を測定したり、放射性同位元素を使うことで脂肪酸代謝を評価したりすることもできるかもしれませんが、Seahorseアナライザーを使えば簡単にOCRを測定できることにメリットを感じています。「Seahorseアナライザーの使い方自体は簡単ですし、不具合も起こっていないので、メーカーに問い合わせをすることはほとんどありません」と、魚崎准教授は言います。

 一方で、魚崎准教授が評価している心筋細胞の測定にあたっては、魚崎准教授の研究室で積み重ねてきたノウハウが必要だとも感じています。「安定した細胞株を測定するのであれば簡単だと思いますが、私たちが扱っているiPS由来心筋細胞を測定するには、特有のチャレンジがあります。成熟した心筋細胞を評価するには、Seahorseのウェルプレートのなかで培養する必要があります。測定には一定量の細胞が必要ですが、多すぎても正しく評価できません。約2週間、ウェルプレートのなかで培養しながら、いろいろな操作を加えてから測定するのは非常にチャレンジングです」と話しています。サンプルとなる細胞の数や、コーティング剤などをいろいろと試行錯誤しながら、最適な条件を見つけだしてきました。

細胞の代謝の評価に用いた Seahorse アナライザーと魚崎准教授

 

今後の研究の展望

現在、魚崎准教授が最も力を入れているのが、病気を再現することです。有効な治療法がないとされるミトコンドリア心筋症に着目し、患者さんからiPS細胞を作り、それを心筋細胞に分化誘導して研究を進めています。その研究の一部として、たとえば、ミトコンドリア呼吸に問題が生じているのかなどをSeahorse アナライザーなどを使って評価していくことになります。そして、細胞が示している通常とは異なる挙動をどうやったら直せるのかを評価していきます。魚崎准教授のチームでは、患者さんと同じような変異を持つマウスを作って、何が起こっているかを試験管のなかで評価できる体制も整えています。試験管のなかで確認できた事象は、その後、個体で確認していくことになります。また、iPS細胞とは異なるアプローチですが、ミトコンドリア心筋症に限らず様々な心筋症のマウスモデルを作っており、遺伝子治療など、再生医療とは異なったアプローチの治療法研究にも取り組み始めています。東京大学の濡木 理 教授らのチームとは、マウスの遺伝子の変異を治す治療法を作ろうと共同研究を進めているところです。

 魚崎准教授は共同研究に積極的です。たとえば、理化学研究所 木村 航 博士などとは長年共同研究を続けており、最近では有袋類の哺乳類であるオポッサムの心臓再生能力の研究で成果を挙げています。一般に哺乳類は生後すぐに心筋再生能力を失います。マウスの場合、1週間弱でその機能が失われることが知られていますが、オポッサムの場合、出生後2週間以上にわたって、その心臓再生能力を維持していることが分かりました。魚崎准教授は、トランスクリプトーム解析の手法を使ってオポッサムとマウスの心臓の遺伝子発現パターンを調べ、どういったメカニズムが心筋細胞増殖の制御に関わっているのかを予測するという役割を担いました。その結果、AMPK (5'-adenosine monophosphate-activated protein kinase)がマウスとオポッサムで発現時期が異なることを発見しました。

サイエンスを楽しんでいる人たちから、「私のやっていることはこんなにおもしろい」「こんなことを見つけた」という話を聞けることに喜びを感じるという、魚崎准教授。「今後も国内外を問わず、一緒にやれる人がみんなで頑張って研究を進めていけたらいいなと思います。私の研究に興味を持たれた方はぜひご連絡ください」と話しており、研究者が協力しあって、サイエンスの発展を推し進めていくことを目指しています。

 

本記事に掲載の製品はすべて試験研究用です。診断目的にご利用いただくことはできません。(Not for use in diagnostic procedures.)

 

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