2022年6月30日
一般財団法人化学物質評価研究機構 (CERI) は、中立公正な立場で、化学物質と化学製品の評価および管理に関する最良のソリューションを提供し、人と化学と環境が調和した安全・安心な社会づくりに貢献することを基本理念とする団体です。お客様からの依頼内容に基づき、試験・分析を行い、その結果を報告書として提出する、受託分析業務などを行っています。例えば、化審法、安衛法に係る安全性試験は国内トップクラスの実績があります。また、ゴムやプラスチックなど、高分子材料の評価も得意としています。プラスチックを材料とする製品の劣化の原因を突き止める目的で分析依頼が寄せられることもあります。ゲノミクス解析ではマイクロアレイを使用した受託試験も長年行ってきましたが、近年では核酸医薬品のオフターゲット効果の評価にもマイクロアレイを活用しています。計量法に基づく国の一次標準物質の製造・維持管理、二次標準物質の校正を実施しています。さらに、医薬品、医療機器の試験・評価、環境分析、食品分析なども行っています。
一般財団法人化学物質評価研究機構 (CERI) 東京事業所外観
CERIの主な事業
また、液体クロマトグラフ (LC) やガスクロマトグラフ (GC)において、サンプル分離に使われる重要な部品であるカラムの開発、製造、販売も、同機構の事業の柱となっています。この事業に関わるCERI クロマト技術部 坂牧 寛 (さかまき・ひろし) 氏と、中野 裕太 (なかの・ゆうた) 氏に、最近の分析メソッド開発の動向について伺いました。
CERI クロマト技術部 坂牧 寛 氏
CERI クロマト技術部 中野 裕太 氏
カラム販売と、アプリケーション開発
CERIのクロマト技術部では、LC及びGC用のカラムの開発、製造、販売を行っています。一般に、カラムは、充填されている粒子の種類や大きさ、カラムの内径や長さなどが異なる様々な製品がラインアップされています。クロマトグラフのユーザーにとって、充填剤、粒子径、内径、長さだけで、多彩な製品群の中から自分の目的としている分析に最適なカラムを選択するのは容易なことではありません。そこで、CERIでは世の中で分析ニーズの高まりつつあるサンプルなどについて、CERIのLC用カラム「L-column」 と様々な移動相を組み合わせた分析メソッドを開発し、学会で発表したり、アプリケーションデータとして公表したりしています。分析メソッド開発はクロマト技術部にとってコアとなる重要な業務であり、いかにメソッド開発を効率的、効果的に進めていくかについては、常に関心を寄せています。
液体クロマトグラフの分析条件開発を効率化
CERIのクロマト技術部では、液体クロマトグラフの分析条件開発の効率化に取り組むべく、2020年にChromSword社のAI(人工知能)支援LC自動メソッド開発ソフトウェアを導入しました。「同社のソフトウェアについては以前から知っており、10年ほど前にデモも見たことがありました。最近は、周囲でも使用されている方が増え、バージョンも上がって、できることが増えてきたようだったので、導入してみたいと考えていました。」と、坂牧氏は導入の経緯を話しています。このソフトウェアとともに新たに導入したLCは、4種のカラム、3種の有機溶媒、12種の緩衝液の組み合わせで分析できる構成となっています。最大144パターンの複雑な分析条件の自動検討が可能です。
従来のメソッド開発は、担当者の経験がベースとなっていました。サンプルや移動相を準備して、分析して、結果を解析するというプロセスを繰り返していきます。そのため、人間が手作業で分析条件を探そうとすると、試せる移動相は数種類程度で、その少ない候補のなかで1番良いものを選ばざるを得ませんでした。また、以前、8種類の移動相を選択できるLCをメソッド開発に活用しようとしたこともありました。しかし、それぞれの移動相用に自分でメソッドを作らなければならず、また、手作業で移動相を切り替えて評価していく手間が億劫となり、使わなくなってしまったと言います。
ChromSword Autoを使うと、最初に移動相やサンプルを準備すれば、あとはたくさんの分析を自動で繰り返し、AIがグラジエント(移動相の組成を変化させること)あるいはアイソクラティック(移動相の組成を変化させないこと)条件を最適化するので、最後に結果を見て、一番良いものを選ぶだけで良いということになります。人間では試さないような分析条件を検討することがあるので、思いもよらない新しいメソッドが生まれる可能性があります。また、メソッド開発にかかる工数も削減できます。新たに導入したシステムについて、坂牧氏はこう話しています。「メソッド開発が本当に楽にできるようになり、助かっています。工数が5分の1程度で済みます。」
実際、クロマト技術部では、ある抗がん剤の不純物分析のためのメソッド開発に、このシステムを活用しました。まずは短いカラムを使って、2種類の有機溶媒と7種類の緩衝液を用い、合計で14種類の組み合わせについて検討し、ピーク形状の良い最適な移動相を選びました。次に、長いカラムを使って、できる限り不純物を分離できるような分析条件を検討しました。ソフトウェアが提案してきた分析条件は、数回にわたって移動相の比率を変えていくものでした。多段階のグラジエントを含む分析条件は人間ではなかなか思いつくものではありません。思いついたとしても、手間を考慮すると、多様な組み合わせを試してみることは現実的には難しいと言えます。この分析メソッド開発には、移動相の検討と、不純物の分離を最大にできる条件の検討、あわせて、わずか1週間程度で済んだと言います。
AIが提示した多段階のグラジエントの分析条件
AIが提示したメソッドで分析したときのクロマトグラム(メインピークの前の小さいピークが出る条件が、他にはあまりなかった)
頑健性確認も自動で
アプリケーションデータをユーザーに公開するうえでは、分析メソッドの頑健性も重要です。自分たちで使っているLCでよい条件ができたと思っても、ユーザーが使っている別のLCを使って同じ分析条件で結果を再現できなければ、よい分析条件とは言えません。そこで、流速、カラム温度、注入量などの若干の違いが、分析結果に影響を及ぼさないかを検証する頑健性確認が重要となります。坂牧氏は「例えば、注入量に関して言えば、従来は5 μLと 10 μLの違いは確認しても、5 μLと6 μLの違いまでは確認しきれないこともありました。」と言います。ChromSword AutoRobustを導入した現在では、わずかな注入量の違いや、移動相の比率のわずかな違いが分析結果に及ぼす影響を確認できるようになったと言います。「ギリギリのメソッドは選ばないというのは重要なことです。」と、坂牧氏は強調しています。
自動メソッド開発や頑健性確認を支えるLCとは
自動メソッド開発を行うには、ソフトウェアに加えて、LCのハードウェアが必要です。今回、クロマト技術部が選んだLCは、「Agilent 1260 Infinity II Prime LCシステム」。汎用的に使われる低圧混合のLCです。このLCが選ばれた大きな理由が、自動メソッド開発や頑健性確認システムとして定評のあるChromSword社のソフトウェアとシームレスに連携できること。ただ、その前提として、基本性能や壊れにくさなど、アジレントのLCに対する信頼も大きかったと言います。「以前、複数のLCについて、同一サンプル、同一条件で、カラムの理論段数を測定したところ、当時、最新ではなかったアジレントのLCが高性能を示しました。」と、坂牧氏は基本性能が高いと感じた理由を話しています。また、中野氏は、「10年ほど、Agilent 1200シリーズを使ってきました。当初は製品検査用として、本機構のカラムの性能を評価していました。当時、粒子径 2 μm、内径 2.1 mm、長さ 150 mmのCERIのLC用カラムの検査に耐えられたのはアジレントのLCだけでした。その頃から、装置の堅牢性が高く、故障が少ないと感じていました。」と話しています。
基本性能や壊れにくさには高い信頼を置いていた一方で、かつては「ソフトウェアの融通が利かない」(坂牧氏)と感じることが多かったと言います。しかし、新たに導入した「Agilent 1260 Infinity II Prime LCシステム」は、新たな「Agilent OpenLab CDS 2」が標準のクロマトグラフィーデータシステムとなっています。「グラフィックの画面も見やすいし、新しいソフトウェアは使いやすくなりました」(坂牧氏)と言います。クロマト技術部で開発したメソッドを、同機構内の他部門に移管することも想定できます。「まだ使用する機会はないのですが、ISET (インテリジェントシステムエミュレーション技術)も導入しているので、他のLCを使用している他部門へのメソッド移管にも役立つかもしれません」(坂牧氏)と、導入した LCの新たな活用方法にも期待を寄せています。
自動メソッド開発システムとして使用されている「Agilent 1260 Infinity II Prime LCシステム」
将来の分析メソッド開発とは
今後、分析メソッドはAIが開発するようになり、LCの専門家のノウハウは不要になるのでしょうか? 中野氏は「様々な物質を並行して分析しなければならない場合、各物質の分析条件決定に多くの時間を割けないこともあります。こういう場合にAIの知恵を借りるということは有効です。」と話す一方、ご自身の経験も踏まえたうえで、こうも話しています。「AIを活用したメソッド開発は有効ですが、提示されたメソッドが本当に有効なのかを判断するには、最終的にはLCの専門家の知見が必要です。」と言います。また、AIが選んだ分析条件に、さらに人間が手を加えて、分離がよくなったという事例もあると言います。
また、AIによる自動分析条件開発では、専門家であれば必要がないことが明白な条件も試してみることがあるため、工数はかからないものの分析時間がかかってしまうようなこともあると言います。坂牧氏は、「未知サンプルの分析メソッドを開発する場合には、AI活用が有効なケースが多いと思います。しかし、ある程度決まりきった分析で、既存のメソッドを少し改良して最適な条件を探していく場合は、LCの専門家のノウハウを元に開発する方が良いケースが多いでしょう。」と言います。
AIが示したメソッドの有効性の最終判断をすること、AIが示したそのメソッドをさらに洗練させていくこと、既存メソッドをアレンジすることなど、LCの専門家の重要性は変わらないでしょう。
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