2022年4月27日
広栄化学株式会社は、1917年に医療業界向けに酢酸の製造を開始して以来、100年以上にわたって、事業展開しています。気相反応技術、高圧反応技術、精密有機合成技術の3つのコア技術を背景に、医農薬、染料、塗料、インキ、電子材料、合成樹脂など、化学原料や中間体を提供してきた同社ですが、近年では受託合成や工業化技術の提供といった、ソリューションビジネスへと事業領域を拡充しており、今後、ソリューションビジネスをさらに拡充していく計画です。
同社での各プラントで使用する原材料や、生産された製品などの分析を行っている千葉工場 レスポンシブルケア室 品質保証部では、このたびデータインテグリティシステムを導入し、分析ワークフローの省力化やデータシステムの一本化という点で成果を上げています。データインテグリティシステム導入プロジェクトで、システム導入チームのリーダーを務めた、同社 千葉工場 レスポンシブルケア室 品質保証部 菰渕 直樹(こもぶち・なおき)様にお話をおうかがいしました。
広栄化学株式会社 千葉工場
広栄化学株式会社のコア技術
広栄化学株式会社 千葉工場 レスポンシブルケア室 品質保証部 菰渕 直樹 様
データインテグリティシステム導入のきっかけ
2016年6月、お客様からイギリスの医薬品・医療製品規制庁 (MHRA) およびアメリカ食品医薬品局 (FDA) のガイダンスを受け取り、次回の査察時にデータインテグリティの対応状況を確認する旨の連絡がありました。その後も、数社からの品質査察において、データインテグリティに関わる指摘を受けたといいます。たとえば、「ガスクロマトグラフ (GC) にすべての検査員が1つのパスワードでログインできる」、「監査証跡機能がない」、「データのバックアップ機能がない」といった指摘でした。これらは医薬品関連の品質システムとして重要な要求事項です。
データインテグリティとは、「データがすべて揃っていて、欠損や不整合がないことを保証すること」を言います。誰が何を行ったのか確認できること、ファイルを読める状態にすること、測定と同時にデータが記録されること、データが生成された時と同じフォーマットで残っていること、生データと分析結果が確かに存在すること、データにはすべてが含まれていること、一連の作業を1つのシステムで行うこと、記録の保存と保護を確実に行えるメディアを使用すること、必要な時に記録にアクセスできることなどが求められます。
データインテグリティへの対応は、紙ベースでも、ある程度は実現可能です。しかし、紙の保管場所が必要、記録操作が煩雑、データの再利用が困難といったデメリットがあります。そこで、広栄化学では、システムにより、データインテグリティ対応を実現することにしました。データインテグリティシステム導入にあたり、データ管理もデジタルベースに移行することが決定されました。
データインテグリティを満たすための必要項目(ALCOA+の原則)
データインテグリティシステム導入のアプローチ
複数のお客様からの監査でデータインテグリティに関する指摘を受けるようなった2018年12月、広栄化学全社で、デジタル化による業務プロセス見直しに関するプロジェクトが発足しました。使用中の業務システムの見直しや、新たなシステムの導入など、デジタル化によって無駄を削減し、高付加価値業務にシフトしていくことを目的とした全社プロジェクトです。「品質保証部としてもこのプロジェクトに乗ろう」と考え、データインテグリティシステムの導入を、このプロジェクトの対象範囲として要求し、認められたと言います。
データインテグリティシステム検討の俎上に上ったのは2つのシステム。アジレントの「OpenLab」と、別の海外メーカーのシステムでした。海外のお客様の査察を受けることがある同社において、グローバル メーカーのシステムを導入するのは自然な流れだったと言います。2019年5月~6月にかけて、2社のシステムのデモを見た結果、2019年10月にアジレント・テクノロジーの「OpenLab」を導入することを決定しました。「すでにアジレントのGCとOpenLabを使用していました。OpenLabのバージョンアップにより、過去の査察で指摘を受けた事項の一部を改善できることが分かっていましたし、ライセンス費用面でもメリットがありました」と、菰渕氏は導入決定の理由を話しています。
導入プロジェクトでは、執行役員をプロジェクト責任者に置き、品質保証部長がプロジェクトマネージャーとなり、コンサルティング会社のアドバイスや、アジレント・テクノロジーからの支援を受けました。品質保証部におけるデータインテグリティの向上。これが本プロジェクトの目的でした。菰渕氏は、「製品の品質だけでなく、そのデータの根拠情報まで保証すること、製造にかかわる情報の保全水準を向上すること、お客様が満足・安心できる品質保証体制を構築することを目指しました」と、プロジェクトの目的について具体的に話しています。
2019年12月時点で、品質保証部には、GCが25台、液体クロマトグラフ (LC) が10台、合計35台の装置がありました。不慣れにともなう出荷対応の遅延を避け、変化にともなう検査員のストレスを軽減するため、一度にすべての装置をシステムに接続するのではなく、2期に分けて導入することとしました。第1期では厳しい管理が必要なGC5台とLC3台を接続して実績を積み、第2期で残りの機器を接続して、LC、GC全体をネットワーク化するというアプローチです。
プロジェクトの開始から本格稼働へ
キックオフ後、要件定義、仕様設定・確認、システム導入を経て、2020年10月から第1期が本格稼働しています。導入決定から稼働まで、時間がかかったのは、緊急事態宣言の影響で、一時作業を中断せざるを得なかったためです。「7月中旬から3週間程度かけて、アジレントのエンジニアがサーバーを設定し、装置を接続しました。それと並行して、広栄化学側で受入テストやユーザーテストを実施して、10月1日の本格稼働に備えました」と菰渕氏は語ります。ユーザーテストでは、GC用、LC用として、それぞれ複数の成分が含まれた溶液を準備し、それぞれのリテンションタイムと面積百分率の値を新旧システムで比較し、管理値に収まっているかを評価するという方法をとったと言います。
お客様が満足・安心できる品質保証体制を構築するうえでは、ドキュメントの整備も欠かせませんでした。バリデーション実施計画書、バリデーション実施結果報告書、コンピュータ化システム管理規則、コンピュータ化システム運用管理基準、コンピュータ化システム運用管理手順書などのドキュメントが必要で、各ドキュメントには、さらに別の確認書や報告書などが用意されています。
システム導入の効果
2020年10月に本格稼働したOpenLabのシステムでは、ユーザーは各自のパソコンから、リモートデスクトップ経由でOpenLabにアクセスできます。そして、OpenLabシステムに接続されたどのGCやLCにもアクセスすることが可能です。また、ノートパソコンを分析室や会議室に持ち込んで解析したり、解析データを示したりすることが可能となるなど、利便性も向上しました。検査員からも、「自分の席からサーバーに接続して機器の操作ができるため、実験室が混みあわず、安全性にも貢献しています」との声があがっています。導入直後は、見慣れないエラーメッセージが出るなど、対処方法が分からない障害もあったと言います。しかし、「アジレントのエンジニアに電話やメールで問い合わせると、迅速に対応していただけました。こちらまで来てくださったこともありました」(菰渕氏)と、その対応には満足されています。当初は、「監査証跡によって履歴が残るため、間違いをすることに恐怖感がありました。」と感じていた検査員もいたと言います。しかし、間違いがあっても適切に処理をすれば問題ないという考え方が根付いてきているそうです。
システム導入のメリット1つとして、分析ワークフローの省力化があげられます。従来の紙ベースのワークフローの場合、試験結果を印字したり、Excelのワークシートを作成したりしたあと、ラボ情報管理システム (LIMS) にデータを転記する必要がありましたが、この作業が不要となりました。OpenLabを使うと、従来はExcelを活用していた業務も省力化できると言います。「OpenLabに搭載されたカスタム計算機能には表計算機能が搭載されており、最初に定義づけのフォーマットを作成しておけば、各不純物の定量結果などを自動計算させることが可能となります。」と菰渕氏は話しています。転記が不要となるため、確認者による、転記ミスの確認作業も不要となりました。「カスタム計算機能を使うことで、従来は3時間かかっていた生データの確認作業を、わずか30分に短縮することができました。」
また、データシステムの一本化もメリットだと感じています。2021年6月には第2期として、23台の装置が新たにOpenLab CDSに接続されました。従来は、4種類の分析装置用制御ソフトウェアが混在していましたが、現在は、スタンドアロンで動作している一部の装置を除き、OpenLab CDS に一本化されました。1つの制御ソフトウェアの使い方のみを覚えればよいため、操作習得が楽になると言います。また、分析メソッドがサーバー上に保存されているため、他のLCやGCでも既存の分析メソッドをすぐに使用することが可能となります。
品質保証部では、以前はアジレントのLCは利用していませんでした。OpenLab CDSが導入されることとなったため、LC導入検討時にはアジレント製品も比較検討しようということになったと言います。実際、「Agilent 1260 Infinity II LC」のデモを見たところ、「ピークの分離がすばらしい」(菰渕氏)ことが分かり、それ以降、アジレントのLCも導入されはじめ、OpenLab CDS環境下で利用されているそうです。
OpenLab導入は、品質査察でのお客様からの指摘がきっかけでしたが、ここでも成果が表れています。「最近の査察で、クロマトグラフィデータシステムを導入したという話をしたところ、『導入したのは、OpenLabか、それとも別の海外メーカーのものか?』と聞かれました。OpenLabだと答えると、それ以上、深く質問を受けることはありませんでした。」と菰渕氏は話しています。
検査員も「OpenLab CDSを導入したことで、品質の信頼性が担保され、取引先にも良い印象を与えていると考えており、また、省力化、自動化、適正化等によって、分析のみならず、仕事そのものの常識さえ覆しています。」と感じているそうです。今後の展望について、菰渕様はこう語っています。「OpenLabとLIMSの連携を図ることで、分析ワークフローを全自動化しようとしています。また、クロマトグラフィー以外の装置、たとえば、天秤やUV計、pH計もネットワーク化できないか、模索中です。」
ラボ内の様子装置は有線でネットワークに接続されていますが、天井のガスラインをうまく活用し、LANケーブルが目立たないようにしています
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