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日本の材料開発を支える「熱分解分析法」とは - 名古屋工業大学 大谷 肇教授

2018年3月26日

私たちの日常生活を支えるゴムやプラスチック。これら高分子材料の物性や機能を理解し、さまざまな分野で活用していくためには、化学的な特性や構造を詳細に解析する必要があります。

高分子化合物の分析手法にはいろいろなものがありますが、なかでも熱分解分析法は、ほかの分析法と比較して適用範囲が広く、溶媒に不溶な物質までも簡単に分析することが可能です。また前処理をほとんど必要としないことや、0.001-0.1 mg程度の微量試料で多くの情報が得られることから、鑑識や科学捜査研究所などでも用いられています。

本稿では、熱分解分析法を用いた高分子材料の機能解明に取り組む名古屋工業大学大学院工学研究科 大谷 肇教授に、熱分解分析法について詳しくお話を伺いました。

名古屋工業大学大学院工学研究科 大谷 肇教授

高分子測定に最適な熱分解分析法とは

熱分解分析法のメリットについて大谷教授は「高分子ポリマーには、溶媒に溶けるものと溶けないものがあります。前者はNMR(核磁気共鳴)分光法などいろいろな方法で分析できますが、後者に関しては分析する手法が非常に限られてきます。熱分解分析法は、架橋構造を持つ高分子など不溶性の物質でも簡便に分析できるという点が一番大きなメリットでしょう」と説明します。

熱分解分析法では、熱分解を行う熱分解装置(パイロライザ)とGC/MSを組み合わせたシステムを用います。高分子試料を500-600℃の高温で加熱し熱分解した後、これにより生じた揮発性の生成物をガスクロマトグラフィ(GC)および質量分析法(MS)により分離・検出します。これらの熱分解によって生じた生成物は高分子試料の構造情報を反映しており、それらを同定・定量することで、もとの化学構造を解析していきます。大谷教授の研究室では主にこの熱分解-GC/MSシステムを用いて、ゴムやプラスチックなどの高分子材料の化学構造を解析し、実際の材料の性能や機能との関係について調べています。

触媒の評価から文化財保存まで、広く活躍する熱分解分析法

大谷研究室の研究テーマのひとつとして、バイオマス材料として知られるセルロースの熱分解に用いる酸化チタン触媒の検討が行われています。木材や植物などに含まれるセルロースを分解してバイオ液体燃料やプラスチック原料を生産するには、単純な熱分解では難しく、触媒の利用が不可欠です。つまり、セルロースをバイオマス材料として有効利用するためには、セルロースの熱分解を触媒によりいかに制御できるかが重要です。

セルロースの熱分解に用いる触媒としてはゼオライトが一般的ですが、大谷教授は光触媒の材料として用いられる酸化チタンに着目しています。近年開発された二段式の熱分解装置に酸化チタン触媒を設置した熱分解GC/MSを用いて、セルロースの熱分解によってどのような成分がどれくらいの量生成されるのかを分析・検討し、酸化チタン触媒の効果を評価しています。

 

 

触媒の評価や材料開発だけでなく、文化財保存という観点においても熱分解分析法は有効です。19~20世紀に印刷用に作成された紙は、にじみ防止のために加えられている酸性添加物の影響で、わずか数十年のうちに著しく劣化・崩壊し、貴重な資料が閲覧不能になることが知られています。こうした図書資料を適切に修復するためには、その劣化度合いを正しく判定することが不可欠です。そこで大谷教授は、熱分解分析法のメリットである、微量の試料で分析ができるという特徴を活かすことで、貴重な図書資料を大きく損なうことなくその劣化度を判定するという研究も行ってきました。

「酸性添加物の影響で紙が劣化すると色が変化しますが、他の要因でも変色することがありますので、色だけでは紙の劣化度は評価できません。色が黄色くなっていても、紙としては丈夫なものもあります。私たちは、酸性添加物による劣化度の指標となる成分について、熱分解分析法を用いて解析することで、紙がどれだけボロボロになっているかということを評価できる手法を開発しました。この方法は、保存科学の分野でも大きな注目を浴びています」(大谷教授)

熱分解でも装置が汚れにくいアジレントのGC/MS

さまざまな研究テーマに取り組んでいる大谷研究室には、数多くの分析機器が所狭しと並んでおり、熱分解-GC/MSシステムも数台体制で揃えられています。そのうち最新のシステムをアジレント・テクノロジーが提供しており、GCシステムにはAgilent 7890B、MSシステムにはAgilent 5977Aが採用されています。

2015年8月より試験的にこのアジレントの熱分解GC/MSシステムを導入したという大谷教授。導入前の状況について、「GC/MSシステムは定期的なメンテナンスが必要ですが、熱分解を行うとさまざまな生成物ができるので、通常のサンプル測定よりも装置が汚れやすくなります。そのため熱分解GC/MS分析を行う装置では、頻繁にメンテナンス作業をしなければならないことを課題に思っていました」と振り返ります。

この課題を解決したのが、アジレントのGC/MSシステムのオプションとして提供されているJetCleanセルフクリーニングイオン源(以下、JetClean)でした。JetCleanは、装置のパフォーマンスを低下させる汚れを、クリーニングガスによってイオン源から自動的に除去するもので、メンテナンス頻度を大幅に低減することができます。

大谷教授によると、JetCleanを搭載したアジレントの熱分解GC/MSシステムでは実際に、洗浄の頻度を1か月に1度程度から、数か月に1度程度まで減らすことができたといいます。さらに大谷教授は、「洗浄の回数が削減できたことはもちろんですが、あまり汚れがつかないことで、安定したデータを取れるようになったことも研究にとっては非常に有効でした」と評価しています。

アジレントとは約30年前に発表された5890Aからの付き合いだという大谷教授。「アジレント製品は学生のころから使っていますが、その性能には昔から定評があります。5890Aもまだ研究室に置いてありますよ。引き続き、品質の良い製品を提供していただきたいですね」と語ってくれました。

 

30年ほど前に発表された5890Aも「部品取り用」として、大谷教授の研究室で保管されている

 

新たな熱分解分析法の開発にも取り組む

本稿で紹介してきた熱分解分析法の強みは、不溶性の高分子を分析できることです。しかし、不溶性の合成高分子の代表であり、世界で初めて人工的に合成されたプラスチックであるフェノール樹脂でさえ、その詳細な構造についてはいまだ不明な点が多く残されています。熱分解分析法の適用の幅を広げるには、さらなる手法の改良が必要です。大谷教授は、新たな熱分解分析法自体の開発にも力を入れて取り組んでいます。

「具体的には、選択的・効率的な熱分解を行うために、化学反応を利用する反応熱分解の手法を開発しています。また、小さなカプセルの中に試料を封じ込めて時間や圧力を制御するという方法なども検討しています。なるべく解析できる情報が多く得られるような分解手法を開発していきたいですね」(大谷教授)

大谷教授の研究室では、化学メーカーや自動車メーカーなど国内企業との共同研究も盛んに行われています。これからも、日本の材料開発を影から支えてくれることでしょう。