2011年4月15日
我々は、生命の神秘がついに解き明かされようとする、まさに革命的時代のさなかにいます。この革命は、ヘルスケア、農業、代替エネルギーをはじめとするさまざまな分野に革新をもたらし、我々や我々のこどもたちの生活の質が向上することになるでしょう。
ライフサイエンス業界はアジレントが高成長をとげるビジネスチャンスがあり、マイクロアレイは、最も重要な技術プラットフォームの一つと言えるでしょう。マイクロアレイについて説明する前に、細胞の機構についてお話する必要があります。
私は意図的に「機構」という言葉を使っています。ちょっと時代遅れの数値制御の工作機械を考えてみましょう。この装置に、材料の塊と紙テープを入れていきます。紙テープには、装置や注入した材料をどのように動かすかという数値データが書き込まれています。この結果、正確な部品が製造されてきます。自動車のような複雑な製品を作るには、さまざまな異なった部品が必要となりますが、いずれも紙テープのライブラリから適切なプログラムを使って作ることができます。
我々の細胞も同じような働きをしています。各細胞の中心には、核と呼ばれる分子の袋があります。その中には、各細胞の構造や動きがすべて記されています。これらの指示書は、アナログの紙テープに相当するDNAの分子の中で解読されます。このDNA全体を指して、ゲノムと呼んでいます。部品ひとつひとつの指示書のことを遺伝子と呼びます。
これから説明するように、アジレントのマイクロアレイはDNAを使って作られているので、DNAマイクロアレイ(DNAアレイ、DNAチップ、アレイとも)と呼びます。このDNAの測定や学問のことをゲノミクスといいます。
細胞を構成している部品は、たんぱく質の分子です。各細胞には、たんぱく質を製造する何千ものごく小さな工場が含まれています。これらの工場は、先ほどあげた数値制御の工作機械のような働きをするもので、リボゾームと呼ばれています。指示書は、核の中のDNAライブラリにあります。
ある遺伝子が必要になったときには、細胞はライブラリを探しには行きません。代わりに、コピーをとります。このコピーはオリジナルとは少し異なります。これは、メッセンジャーRNA、または略してmRNAと呼ばれる特別な分子です。
以下の図は、情報が紙テープで解読される場合と、DNAやRNAの中で解読される場合とを示したものです。紙テープには、アルファベットと句読点の文字列が記載されており、紙の穴の有無で解読するモールス信号のように解読していきます。DNA分子はらせん階段のような構造をしています。階段の各段には、4種類の化学構造のうちの一つがあります。これらのことを塩基またはヌクレオチドと呼びます
各塩基は、アデニン、グアニン、シトシン、チミンという物質で、略してA、G、C、Tと呼んでいます。隣接する3個の塩基一組がアミノ酸を示す指令となっているか、もしくはリボゾームにたんぱく質の合成を開始したり終了したりする指令となっています。アミノ酸はたんぱく質の構成要素となっており、メッセンジャーRNAで特定された指示に従い、リボゾームによって合成されます。
人間を表すコードは30億段あるらせん階段状になっています。デジタルデータの1ギガバイトより少ない情報量です。「終わりのない生命が最も美しい」とかつてダーウィンは語っていました。すべての生物は、DNAやRNAの同一の単純な分子の指令にしたがって再生、繁栄していることを彼は知らなかったわけです。
DNA分子は、2本の鎖がらせん状に絡み合い、いわゆる二重らせん構造となっています。2本の鎖は塩基間で弱く結合しています。重要なのは、AとT、GとCしかくっつかないということです。
DNAは1本だけでも存在できますが、2本の鎖が補完的な場合にのみ、結合が強くなり、二重らせんを構成します。補完的とは、Aのところにはすべてもう1本のTが、Gのところにはすべてもう1本のCがあるような状態のことです。DNAが補完的な結合をしていることから、数多くの重要な特性が見てとれます。たとえば、遺伝子のRNAコピーを作ったり、分子全体を再生したりする能力のことです。これは、アジレントのゲノム測定製品の基礎にもなっています。
DNAからマイクロアレイへ
DNAマイクロアレイのコンセプトは単純なのですが、それを実現する技術を開発し完成度を高めていくのには何年もの時間がかかりました。眼鏡をかけて、1本のDNAの鎖の何十万というスポット正確に配置していきます。各スポットには独自の塩基配列を持った分子(異なる遺伝子コード)が含まれています。
分子は1本の鎖状となっており、補完的な配列を持つ別の鎖とくっつきたがるという性質があります。もしさまざまなDNAの鎖が入った風呂に入ったとしましょう。各スポットは偶然やってきた補完的な鎖と結び付こうとしますが、それ以外の鎖は無視します。このDNAが混ざった風呂を洗い流せば、相手の見つからなかった分子は洗い流されてしまうでしょう。
もし皆さんが探している遺伝子コードと補完的な配列のマイクロアレイを構成すれば、DNA全体の中から探したいと思っている部分を分離し見つけ出すことができるわけです。
これは本当にうまいやり方だと言えますが、ではスポットにくっついたDNAの量は、どのように測るのでしょうか? 実はカラフルなやり方を使うのです。アレイの試料を洗い流す前に、アジレントが開発した手法を使って、DNAの鎖に蛍光分子を付着させます。暗闇の中、ブラックライトに反応して光るように、この蛍光タグは、適切なレーザを当てると明るくなるのです。
アジレントではマイクロアレイ・スキャナという装置を扱っていますが、これはマイクロアレイにレーザを当てて、各スポットのイメージを作り出すものです。スポットの明るさによって、試料中にどのくらいのDNAがあるのかが分かるという仕組みです。もしスポットが黒ければ、そこには何もくっついていなかったということが分かります。もし明るければ、試料の中に補完的な配列がたくさんあったことが分かります。2色の蛍光タグを使うことができるので、1枚のマイクロアレイで同時に2つの実験を行うこともできます。
1枚のチップ上に、どうやって異なる配列を作っていくのでしょうか? ええ、アジレントは元々ヒューレット・パッカードだったわけですよね? ですから、もちろんインクジェット・プリンタの技術を活用できたのです。
A、T、G、Cがそれぞれ別々のインクの色だと考えてみてください。一度に一つの塩基を配置していきます。最初にA、次に、T、G、Cといった具合です。こうすることで、各スポットに正しい塩基が配置されます。これを何度も繰り返していくのです。
4色のインクジェットのヘッドで、分子に一個ずつ塩基を加えていきます。最終的に鎖の長さをどのくらいにしたいかによりますが、これを60~200回、繰り返します。もちろん、コンピュータ・ショップで売っているインクジェット・プリンタのヘッドを使うわけではありません。アジレントのプリンタは、DNA分子用に特化したものです。
マイクロアレイの応用例
我々は現在、遺伝子には欠損があったり重複があったりと、個人のゲノムはバラエティに富んでいることを知っています。この範囲は、マイクロアレイの登場前は予測もつかないほどでした。アジレントは、いわゆるコピー数多型(CNV)を測定するためにマイクロアレイを使用したパイオニアだったのです。
皆さんが医学研究者で、非常に珍しい「18q欠損症候群」と呼ばれる先天性の疾病について研究しているとしましょう。ヒトのDNAには、23対の染色体が収まっています。この疾病では、何百もの遺伝子が含まれている18番の染色体が欠けてしまっています。この結果、知的障害、手足の異常をはじめとするさまざまな症状が出てきてしまいます。しかし、子供によって現れる症状はさまざまです。皆さんはその原因を突き止めようとしているとしましょう。
幸い、アジレントのマイクロアレイを使えば原因究明に役立ちます。18番染色体の欠損箇所についてはさまざまな事例があることが分かります。アジレントのCNVアプリケーションを使えば、どこで欠損が起こっているのか、どのくらいの欠損があるのかを、とても正確に測定することができます。ここまでくれば、あとはこの測定結果と、皆さんの患者さんに現れている症状との関連を探っていいけばいいわけです。
がん研究にアジレントのマイクロアレイを使用している科学者もいます。がん細胞の染色体は正常ではなく、多くの箇所が欠損していたり重複があったりするため、CNV測定は、これれの細胞の病理の理解や診断にとって重要な役割を果たします。
なんとDNAを測るのと同じ技術でRNAも測れてしまいます。RNAもDNAの鎖の1本と結び付きますから。そこで、さまざまな研究への応用が可能となるのです。その一例として、遺伝子発現解析をご紹介しましょう。
たんぱく質合成には、メッセンジャーRNAの形態となった遺伝子が必要だということは既にお話しました。資料の中のメッセンジャーRNAの量を測定すれば、細胞がどのたんぱく質をどのくらい合成しようとしているのかが分かります。マイクロアレイを使えば、科学者の皆さんは、特定の病気の状態、環境の状態、進行状況が、細胞内の各遺伝子のメッセンジャーRNAの違いとどう関連しているかが分かります。
遺伝子発現は研究で使われるほか、医療現場でも使われています。アジレントのパートナ企業は、新たな診断法をいち早く開発し、FDAの承認をとりました。この遺伝子発現を用いた測定法では乳がんの重症度をを測定することができ、この結果によって医師が最適な治療法を選択することが可能となります。
増殖する分子
過去数年間で起こった重要な革新の例として、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)があります。PCRとは、ごく少量のDNAから、必要な量のコピーを作り出す手法です。
まずは、通常の2重らせんのDNAを加熱します。温めることで、2重らせんの鎖をそれぞれに分離します。その後、冷却させます。ビーカーの中に、適切な酵素とヌクレオチドを入れると、それぞれの鎖がもう一方のDNAの鎖を再生するのです。最初は1本の鎖だったものから、DNAの鎖を増やすことができるわけです。
これを繰り返せば、元の分子が4つになり、4つに分かれたそれぞれが再生して4組の2重らせんとなります。こうやって、加熱と冷却を繰り返すことで、分子が倍々に増えていきます。最初の1本から30回繰り返せば10億倍にも増やすことができます。40回繰り返せば1兆倍です。
こんな驚くようなことができるようになったのは、Kary Mullisのおかげです。彼は、サンフランシスコからメンドシノに車で移動中にこれを思いついたのです。128号線をちょっとドライブしただけで、ノーベル賞まで獲得してしまったのです。
実際には私が説明したのよりはもうちょっと複雑な仕組みなのですが、基本的なメカニズムはこうです。PCRは、現在、バイオテク業界の主力ツールとなっています。数あるアプリケーションの一つに、綿棒で鼻のDNAを採取して、それを増幅し、どのバクテリアに感染しているかを調べるというものがあります。
アジレントは、現在、酵素、試薬、PCR用の温度管理ツールを販売しています。2007年にアジレントはStratageneを買収し、これらの製品を提供できるようになりました。同じ2007年にはVelocity11を買収し、PCRやマイクロアレイを使った実験を自動化し、スループットを向上し、生産性を高めるソリューションを提供できるようになりました。アジレントの自動化ソリューションは、分子生物学分野の測定で必要なこういった複雑な操作のすべてに対応した柔軟性を有しています。
これまで見てきたように、アジレントのツールにより、研究者の皆さんは驚くようなことができるようになり、生命に関する理解を深めていくことができます。アジレントでは、引き続き、社内の研究開発および買収をとおしてライフサイエンス分野を強化していきます。この急速に成長する分野では、世界をよりよい方向に変えていくチャンスが山のように広がっています。アジレントの従業員の一人として、この壮大な取り組みに貢献できることに胸が高鳴っています。
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Jim Hollenhorst。技術担当のシニア・ディレクタ。ミネソタ大学 学士(物理学)、スタンドード大学 修士・博士(物理学)。 |
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